ことば

かくかくまるまる。

メリークリスマスっ☆

みなさま、どんなイブをお過ごしですか?

ケーキにキャンドル、ちょっと歌ってほろ酔い気分、

て人もいれば

街のざわめきから離れてコツコツお仕事…

て人もいることでしょう。

地球は広い。

 

それでもまあ、外を歩けば、ね。

クリスマスな世の中ですよね。

 

ということで、「ライターズcafe」更新しました☆

 

何かとささくれがちな師走の心に、龍馬の名言を言い聞かせる。

「丸くとも一かどあれや人心

 あまりまろきはころびやすきぞ」

 

どっちかっていうと角ばっているよ。

来年はまろき心を磨くのだ。もっと。

 

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12月の言葉

としをとると、一年がはやい。

なんて30代で言ってる私は、40代、50代で何倍速の時を駆けるのか。

最近、酔っ払った日の最後の記憶が一切ないのが悩みの種です。

ほんとにもー 反省っ☆ お茶にごしっ

 

ということで、通勤路の神社前に掲示してある「今月の言葉」は

 交際の奥の手は至誠である

   (渋沢栄一) 渋沢栄一氏(Wikiこちら

です。

日本の政財界にこの人ありき。

文明開化は氏の手により諸外国とのまろやかな交流もうまれ

日本人形と青い目のアメリカ人形を交換する国際児童親善の働きなど、どれだけの足跡がしのばれることか。

日本資本主義の父が懐手に温めていたのは他ならぬ「まごころ」でした。

 

あわただしい師走。

まごころを置き忘れて急ぎすぎないようにしよう。うんうん。

 

 

ところで「ライターズcafe」更新中です。

↓↓↓

http://ewpewp19.blog89.fc2.com/

こちらもバージョンアップ頑張ってますー 応援よろしくお願いします!

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手帳的な日記。

手帳的な日記。

今朝のトーキョーすこぶる快晴。
爽快秋空!
毎朝こんなお天気だったらなあ
と思うけど、
雨風あるから晴れがありがたく思えるんだ。

ところでとうとう私のパソコンは生ける屍に。
(無謀にも)自力で蘇生を試みているのですが…あまりの難解さに、もう少しで叩き割るとこでした(´`)
パソコンがただの箱になって気付くネットのありがたみ。
サポートセンターのおねいさんは、パソコンが動かないっつって電話してきてる私に「インターネットから●●というサイトに行ってください」と教えてくれました…( -_-)
は、はなし聞いてたのかっ!(笑)

写真の神社がいつも貼りだしてる“今月のことば”は
「一日延ばしは時の盗人」

ぬすっと
って言われると…
罪悪感つのりますねえ
今月のは効くわー(〇>_<)

パソコン動かないだけで何もかもストップするのもしゃくなので、ブログの更新、携帯から頑張ってみました。
長文になっちゃった。
意外としんどい(笑

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「さ」

人によってはなんでもないことなのですが。

最近、気になって仕方ないことがあります。

 

「○○さんの映画、見せていただきました」

「この本、読ませていただきます」

「是非、私に行かせてください」

 

…。ねぇ、

 

「さ」、いらなくね?

 

この頃テレビ見てると、街頭インタビューの一般人もバラエティ出てる芸能人も、政治家もみんなみんなゆーとる。

なんでわざわざ「さ」ば入れらすとだろか?

第一、とっても言いにくくないか~?と思うのですが。

余分な一文字が謙譲の度合いを増大させるのだろうか…

あたしは気持ち悪かばってんね。

 

「見れる」「食べれる」といった「ら」抜きことばは、指摘されて久しいですが、「日本語は変化するものだし」という意見もあり、最近では市民権を得た感も無きにしも非ず。(でも私は断固「ら」を入れるのだ。入れると言ったら入れるのダー!←ムダに気合い)

 

そのうちこの「さ」入りことばも正しい日本語の仲間入りをするのだろうか…。

ちなみに。

あまりにも気になりすぎて髪の毛がうずくので、ネット上で誰かが解説してくれてないだろうかと思って探したら、ありました。

明鏡さんのサイトにも解説ありました。

未然形に「させる」をわざわざくっ付けて言うこともあるが、一般的でない。とのこと。

でも、ま、いろんな日本語のアレンジ系として、基本を知った上で使うのは言葉遊びの一種みたいで別にいいとは思います。

例えば「そうでつ!」って言うのも私は嫌いでないし~

 

しかし、新しい言葉の方が一般化してしまい、肝心の伝統的な日本語がどっかに置き忘れたままになっていくのはいかがなものかと、ね。思うのじゃよ。。。

公の場で発言する人が平然とアレンジ系を使うのを聞いちゃうと、個人的には「んぬぁ~!違ーう!」と小さく憤慨してしまう今日この頃です。

 

とはいっても何らかの根拠や起源があって言い回しは生まれるのだろうし、言いだしっぺはいるのだろうから(意外に万葉集の歌人とかだったらすごい。笑)、そのへん、わかることであれば知りたいです。

 

ことばは、生き物。

日本語に限らず、こういう現象って、世界各国の言語にもあるんだろうなあ。おもしろいなあ。

 

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テレビに向かって思わず「うんうん。」した言葉

ちょっと前に、王貞治氏の追っかけドキュメンタリーみたいな番組があっていました。

プロ入りした時の映像を見ると、その若々しさは「初々しい」というよりも、むしろ若い力への期待感を抱かせる「頼もしい」姿だった。

ホームラン王となるまでの、努力、努力、努力。

片足打法をあみ出してからは、それが実績となるフォームに仕上がるまで、何千回何万回もの素振りをしたらしい。

なつかしの映像では、6畳くらいのふつうの和室でぶん!ぶん!と素振りマシーンとなっている王さん。(後ろにはガラスケースに入った人形など飾ってあるところが個人的にツボでした)

その部屋は取材用だったのか…?と思ったのですが、当時の打撃コーチ(?)いわく、畳、めちゃめちゃ擦り切れていたそうなので、たぶんその和室は深夜のトレーニングルームだったのでしょうか…。

 

で、映像は現在の王さんに切り替わり、TVのインタビューに答えていました。

正確なことばは全然覚えておらず、意味も若干違ってくるかもしれないので、カギカッコでくくるのはよしときますが、

夢をかなえるためには、人がやる以上の努力をしなければだめ。人がやる以上の努力をすることで、夢をかなえるためのチャンスがやってくるのだ。

みたいなことをおっしゃってました。

私がハッとしたのは、「努力すれば夢がかなう」ではなくて、「夢をかなえるためのチャンスがやってくる」という部分。

ああ、そうだよな。努力の先に必ず成功があるかどうかなんて、進んでみないとわからないんだよな、「あきらめない」ことをやれた人だけが、自分の目標に手を届かせる権利を得るのだよなー。とひとしきり頷いてしまいました。

 

また、

「人間誰でも失敗する」と思ってるうちは、その人は必ず続けて失敗する。スターだと言われる人は、そう思ってやっていてはいけない。「もう、自分は人間じゃない」と思わないと目指す場所までとうていたどりつけないのだ。

的なこともおっしゃってて、

あーーーーー、まったくそうですね!

と、うんうん!うんうん!と、頷いてしまいました。

 

で、

自分なりの努力、自分なりの夢を考えたときに、

こういった王さんの言葉を、

自分なりの個人差にあわせて、参考にしていこうと

思ったのでした。

 

含蓄。

 

一方、「偶然にも」と言ってはなんですが、

熊本を訪問中のしゅしょーさん、

人間だから百パーセント完璧はありえない。皆で力を出し合ってやってきたのがわれわれだ(←一部修正してますが)

と演説したとか…。

王さんの言葉に頷いた後に聞くにしてはあまりにも絶妙。

 

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永遠に完成しない人生。

今年25周年を迎えるTDLがいつまでも私たちを魅了し続けられるのは、この夢と魔法の国が「永遠に完成しない」ものだとする、ウォルト・ディズニーの言葉によるという。

「永遠に完成しない」の裏返しには、「ずっと変化し続ける」という無限の可能性がある。

それは気づきそうで気づかないこと。

わかっていそうで、見えなくなっていること。

かもしれない。

 

ということで、今日出逢った、心に残る言葉はこれです。

 

10年やって初めて入り口が見える。まずは爪の間に泥を入れて、“しゃーね(性根)”を入れなければいけない。我慢してこらえる。完全を望むから崩壊するんです。理想は目標にしなければいけないけれども、あの世に行くまでにたどり着ければいいんだ。

  (日経ビジネス11月17号より抜粋)

木次乳業の相談役、佐藤忠吉氏の言葉。

奥出雲でこだわりの乳業を追求してきた佐藤氏。自らの肩書きを「百姓」と貫き、酪農を中心とした有機農業を切り拓いてきた人です。

 

佐藤氏が見てきた現実の中で、理想だけでまい進してはすぐに壁にぶつかり他の桃源郷を求めて去ってしまう若者たちのことにも触れてありました。

農という現場だけでなく、今の社会全体で“頭でっかち”が少々進歩を鈍らせているのかもしれません。

 

とまあ、こんな言葉に触れると、我が身の反省なども含めていったん後ろを向いてみたりするのですが、

同時に、「永遠に完成しない人生」を思いっきり楽しまなきゃなあ、とも考えて沸々とエンジンがかかります。あてはなくともとりあえず暖機、のB型。

 

いくつになってもいい方向に変化し続ける自分でありたいなあと思います。これって思うより難しいことなのよねえ。

 

今日もまた、名言に支えられ。

 

 

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翻訳できない。

最近、言葉の通じない相手がいてアタマイタイです。

 

同じ日本語しゃべってるはずなんですけど、通じない。

一生懸命説明しても「意味がわからない」と言われる。

ネバーランドの住人め~。

しっか仕事ばせえ~!

 

こういう時の心の声って、ものすごいネイティブになるんですね。

「なんとんつくれんことばっかゆってから!おろよか…こん人はおろよかよ…。のさーん。まじであくしゃうつ。」

 

…活字にした肥後弁って、なんか呪文みたい

 

そして何がフシギかって、これらを標準語に言い換えようとしてもピシャ~っとくる同義語が見つからないこと。です。

大体の意味は

「箸にも棒にもかからない何とも言えないようなことばっかり言って!ダメだ…この人ダメだ…。あーもうやだー。ホント匙投げる。」

て感じでしょうか。でもやっぱりなんかニュアンス違う。

 

思いっきり言いたいことを、全部方言でぶちまけたらどのくらい通じるんだろう…と、ちょっと試してみたい衝動に駆られている今日この頃です。

 

余談ですが「ぴら~っと来てはいよ~」の「ぴら~っと」も翻訳しがたい。

 

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「品格」の濫用。

ちょっと前まで「○○の品格」が耳にうるさかった。

いろんなものの品格を

やれこっちもだそっちもだと売り物にしていること自体が

すでにもう品格がない。

と、私は思うのですが。

 

さて、どうして今これをふと思ったのかというと。

最近の通勤のおともは、幸田文さんの短編随筆集。

Suzume 『雀の手帖』(新潮文庫)です。

この中の一節にぐっと心をつかまれて。

 

 笑って柔らいで働くのがいいのである。おこってごわごわして働いて、成績がぴんと跳ねあがっているのも悪くはないだろうけれども、上質とは言いかねる。………~中略~………

 貧乏してから働くこともある。催促されてやっと働くこともある。誰もが尻ごみをすると、英雄みたいな気持になって、一種の悲壮感が快くて働くこともある。恋をすると働きものになることもある。胃がいっぱいすぎるとやむなく働き、天気がいいというだけのことで、ひたすら邪気なく美しく働くこともある。

 たとえ家事雑用であっても、働き方にはやはり品格がある。

 

先週は結構しんどい1週間でした。

今いる職場は典型的な「女子の国」なので

自分史上ないくらいに、ものすっごい気疲れして

帰ったと同時に行き倒れ…気がついたら朝。。

電気もエアコンもつけっぱなし、あっ化粧も落としてない!

みたいな(まあある意味懐かしい)“みだれた生活”となってしまいました。

つっても、以前までの仕事のきつさに比べればなんてことない程度。

なんですが、

ハッと思うわけです。

 

毎日、いろんな考えのいろんな大人たちの

いろんな噂話やてんやわんやを眺めながら

「けっ!人のこと気にするひまあったら仕事しろよ!ボケ!」

と思うわけですが、

あーもうこの時点でお互い様だ、な訳です。

しなやかに暮らす、しなやかに働くってムズカシイ。

  

で、先週は気分転換に風流な寄り道。

Img_3043 芝の増上寺の境内で夜桜越しに東京タワー。

えへ。

すごく美しかった。

癒されました。

 

月並みなことばはポロリと出るくらいが正しい。

 

 

今、熊本から愉快な仲間たちのお花見実況中継メールが到着。

熊本もいいお天気みたいっすね!

ほっこり♪

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待てない症候群。

あ。

気づいたら11月になっていました。

はやい~

毎日がとぶように過ぎていきます。

でも好きな人に会えない毎日は一日千秋よね…ハラリ ←枯葉の音ね、これ

 

この前、仕事先で少し時間待ちがあり、

ちょーどそこに置いてあった『BAILA』を読んでいたら

石田衣良の連載「彼女たちのストーリー」に

おお!と思うことが綴ってありました。

 

ぼくたちはみな待つことが苦手になっている。この十年ほどを考えても、明らかに待つことは時代遅れになりつつある。待てない症候群の流行にはネットと携帯電話とコンビニの普及が大きいのではないだろうか。
なにかわからないことがあると、とりあえずネットで検索する。ワンクリックでこたえはすぐに手にはいる。好きな人に連絡をとりたければ携帯電話をつかう。覚えてもいない電話番号で、すぐに相手がつかまる。真夜中でもなにかほしいものがあれば、コンビニにでかける。とりあえず必要な最低限の商品は即座に手にはいる。
でも、ほんとうにほしいものや探しているものが、そんなに簡単に待つこともなく手にはいるだろうか。値札のついているものでなく、それがあなた自身だったらどうだろう。これから先、どんな自分になりたいのか。あるいはどんな生き方をしたら、心からの満足を得られるか。そうした究極の問題では、こたえなどすぐに見つかるはずがないのだ。不都合や苦しみに耐えて、自分の心がほんとうのこたえに気づくまで待つ時間が絶対的に必要である。

 

とまあ、この後にも「ふむふむ」と思うことがずっと書いてあったのですが、こおゆうエッセイは雑誌で読むからよい。

とわたくし思うのです。

連載が終わって、一冊の本にまとまって出版されたりすると

ちょっとげんなり。 しないでもない。

 

一日のすき間にふっと入り込んでくる小さなかけらが

またひとつ自分の何かをつくっていくのですよねえ。

 

余談ですが、『BAILA』は全体的にお役立ち度高いと思います。

読むともれなくBAILA世代に仲間入りです。

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こんなときこそ染み渡る。

今日の格言。

 

「段取り9割」

 

アフアフとまろびころげつつ仕事を段取りしてる時に、

この言葉は、しゅわぉ~~~~ と染み渡りました。

 

久しぶりにお話したライターさんからお聞きした貴重な言葉。

 

ちょっと早いけど、しっかり来年の抱負にラインナップさせていただきます。。。

 

3分休憩終わり!

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