1泊取材、行ってきました。
朝6時出発~。
前日は緊張して眠れなかったの。
遅刻できないと思うと、繊細な神経が…え?
ということで、「津和野紀行、チョット出し」です。
まず、久しぶりに車で関門海峡渡りました。
関門海峡とは、あれです。
九州と本州の間の海です。(そのまんまやないけ)
朝8時半くらいの関門海峡。
曇り。
新幹線は、海の底の関門トンネルをくぐります。
改めて気付いたんだけど、横浜ベイブリッジとかお台場のレインボーブリッジの方が長いよ、絶対!
九州と本州は、泳いで渡れる距離なのでした。泳ぎませんが。
渡ってしまえば九州自動車道から中国自動車道。
山口県入ったとたん、道路がなんだかきれいなの。
でもカーブで坂道な高速道路なの。コワイってば!
小郡I.C.を下りて、津和野まで小一時間。
国道1本を行くという、超わかりやすい道。
朝だし空いてるし、結局、片道4時間くらいで着いちゃいました。
津和野は、島根県のえらく左端にある小さな町です。
修学旅行では「萩・津和野」と一緒に呼ばれてたから、意識しないと何県かわからなくなっていたのは私だけ?
でもねでもね、津和野の人が言ってたの。
「島根県庁に行くよりも、熊本行く方が近いよ」
って…。まじすか!
初日は霧雨みたいなお天気。
でも街並みはしっとり濡れてさすが山陰の小京都です。
右見ても左見ても、オレンジ色の石州瓦。
で、カタツムリの角みたいな飾りがてっぺんについてるの。
名古屋で言えば、しゃちほこの位置です。
中国地方の風景は、オレンジの瓦屋根が特徴なのだ。
ガードレールも時々オレンジ。
で、お昼ごはんは郷土料理ば。
「うずめ飯」です。
ちくわやかまぼこ、三つ葉にわさびなどの具がだし汁と一緒にホカホカのごはんの下に隠れてます。それをほっくりほっくり混ぜて食すという、田舎の滋味あふれる料理ね。
名前の由来については諸説あるんです。
けど、このお店で説明してくれたのは、「昔はね、結婚式とかのときに出てたの。お嫁さんがその家に骨を“うずめる”って意味でね。」という説。うずめる…。骨を…。なるほど。
ちなみにもうひとつの名物料理は、「つわぶきごはん」。
蕗の茎をしょうゆ味に炊いて、刻んで、ごはんにまぶして食べるのです。美味です。かなり。
さて、ここでお気づきの方はいるかしら。
「津和野」はまさに「つわぶきの里」から来た町名。
“つわぶきの野”なんです。 いいね、なんかそういうの。
小さいけど立派な城下町として栄えていた町並みを、取材陣4名でてくてく歩きながら、ほとんどゲリラ的にいきあたりばったり取材。
しれっと聞き込みしながら、芋づる式に取材先を見つけては、津和野を愛する人たちの生の声をひろっていくのです。
だって、表面だけの旅行情報・お店紹介だったらどこでもやってるじゃん!
そんなへそまがりな編集者は、仕事も変にこだわってしまう悪いクセがあります…。←要領悪いが90%ですよ。ええそうですよ。
役場、美術館、その他のお店、
町をぐるぐる回って、なんだかすでに津和野walkerです。
日暮れまで撮影を続け、ようやく宿へ戻った頃は
もちろんへとへとへとへとへとへと…∞
経費節減のために、いたれりつくせりの旅館ではなく、リーズナブルな民宿にしたのですが、とても小ぎれいで親切でご飯もおいしかったのが、なによりなにより!
ネットで調べた中からチョイスしたのですが、自分の勘のよさに、おのれを褒めちゃいました。でかした!あたし!!(←お願い、褒めさせといて)
二日目。
まぁ♪なんてステキなお天気!
ほらねほらね!
うーれしー♪きゃほー
あ、これは藩校「養老館」の屋根。森鷗外も通った学校です。
当時の子供たちはさー、6歳とかで論語読んでたんだよ。おそろしい。
一日目の足で稼いだ情報収集により、この日の取材件数はまさにびっっっっしり…
う、、、体力持つんだろうか。。。
と、取材陣全員、不安がよぎったとかよぎらなかったとか。
ところで。
津和野のお城は、すんげー急な山の上にありました。
今は石垣だけが残されています。
そこまでは、リフトで上るのだ。
見晴らしの良いことと言ったら!
気持ちよすぎです。
眼下にちんまりと広がる盆地が、津和野町中心部。
小さい…。こんなに小さな町から、森歐外や西周、安野光雅さんは巣立って行ったのです。この穏やかで平和な山里が、数々の偉人を育んでいったのですねぇ。
ちなみにリフトの下りはこんな感じ。
わーい。楽しいー。
前にいるのがライターさん。
右も左も足元も
緑がとてもきれいでねぇ。
しばし仕事を忘れそう。
町中とか山手とかあちこち動いているようですが、
どこも車で3~5分圏内。
だんだんそんな津和野感覚に慣れてきた取材陣。
「なんか、これくらいがいいよねぇ」とか言い出す。
熊本に帰ってからどうするのよ…。
しかしさすがにへとへと。
へとへとしてくるとイライラも。やばい。
しかしそこはみんな持ちこたえました。
ほっ。
なぜって?
それは、津和野の人たちが、みーーーーんないい人だったから!
これにはホント、ずいぶん救われました。
取材してて、和ませてもらっちゃった感じです。
さてさて
短いようで長い2日間の取材も無事に終わり。
夕方5時過ぎ、4人は帰路を目指しました。
津和野の町を出て国道へ。見下ろすように津和野の町が名残ります。
なんだかね、このときがさみしい瞬間なんだよね。
簡単には別れがたい愛着を、たった2日間で感じているのですよね。ふしぎねぇ。
そうそう。津和野にはコンビニもパチンコ屋も大型SCもありませんでした。ずっとその穏やかさを保ってほしいな。
帰りは夕方とあって、交通量もやや多め。
無理せず、休憩を取りながら、走る。
そして帰りも関門海峡手前の『壇之浦SA』でひと休み。
壇之浦! ←個人的に萌えている
くたくたの体にエネルギー補給を つーことで
夕ごはんをね、ここの展望レストランで食べたのですよ。
ちょうど外は暮れかかっていて、夜景の美しさが際立ってこようとする時間。
みんなのオーダーしたものも全部揃って、「いただきまーす」とひとくち目を食べたそのとき…
レストランが、停電しました。
「…消えた。」「…消えたね。」「もしや演出?」
もう疲れてるから、どうでもいい。
食べにくいけど、どうでもいい。
ていうか、このタイミングでそのハプニングは面白すぎる。
人間って、意外と余裕のあるものなのですね。。。
おかげで夜景がとてもきれいに見えました。
「写すなら今ですよ」と言うカメラマンさんの一声により、
ロザ、携帯でパシャパシャ撮りましたよ。
(オーダー待ちのときに撮ろうと試みていたんだけど、室内の電気がガラス窓に映りこんでうまく撮れず、断念していたのでした)
ということで、
ほーらこんなにきれいに。
橋の向こうに九州が見える!
電気は5分後くらいにつきました。
そこからは皆様の親切で運転手を代わってもらい、おかげで橋の上でもこんな写真をとることができました。るん♪
もうすぐ九州~!
くす。でも、九州に着いたとたん
「あぁぁ、現実が…」とみんな。
早く帰ってお布団はいりたいけど、それで目が覚めたら怒涛の制作期間が待っているのだ。きゃー
もうこの橋を渡るのよそうか…なははーんて。
また大忙しの毎日だす。
がむばらねば。
つーか「チョット出し」じゃなかったね、コレ。
長ぇ~☆
でもホントに、一部しか書けてないのよ。
ここまで全部読んでくれた人、アリガトウゴザイマス(笑
津和野、いいところだったよ。
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