恋愛

シアワセデス。

あーららもう7月なのですね。 はやっ!

6月最後の日は、締切直前でしたが無理をおして

人吉まで、ある映画を観に行ってきました。

だってだってだってだってだって

会いたい人がいたんです!!

そのお人とは…三國連太郎さん。 きゃ☆

そう、三國さん、熊本の人吉にやってきてくれたのです!!

 

映画は『北辰斜めにさすところ』

三國さんはの役どころは神奈川県に住む85歳の元医師。

熊本県・人吉生まれ、旧制七高(現鹿児島大学)出身のお医者さん、学生の頃は野球部のエースだった…という設定でした。

七高野球部は隣県の旧制五高(現熊本大学)野球部と100年にわたるライバル同士です。

この映画でも、実際に熊大構内をはじめ、鹿児島や熊本の随所でロケが行われました。

七高生が球磨川の急流くだりに興じるシーンなんかもあったり。

 

ストーリーは三國さん演じる主人公の若き青春時代の回想とともに進んでいきます。

「天才的な馬鹿になれ」と勉学に野球に惜しみない情熱を注ぎ込む若者たち。

もちろん、何よりの楽しみは仲間同士の熱い語らい。

いつの時代も一緒ですね。

しかし時は太平洋戦争のころ。

崇高な理想と友情という絆。

このかけがえのない宝物を胸に、明日を生きようとした若者たちも、

お国のためにと次々に戦地へ出てゆきます。

 

一生懸命に「今」を生きていた仲間たち。

現在、老域にいたって懐かしく顔を合わせる仲間たち。

そして、主人公が胸を詰まらせ思い返す

戦争で失われた大切な人たち。

 

大切なものを、見直す

そんな映画でした。

 

三國さん大好きなんです。

大好きな三國さんを10メートルくらいの距離で見られて

ロザ子は超超蝶々シアワセでございました!!

 

三國連太郎さんの演技は素晴らしい。

いつも演じる人と同化して見えてしまいます。

俳優としての「自分の気配」をスッと消してしまえる

もうその役柄が憑依している

そして観客をも錯覚させる

そんな三國さんにほれています。。。i.n.g! 現在進行形!

 

生で見た三國さんは、画面を通してみるよりずっと素敵な方でした。

思った以上にすらっとして背も高くて。

ますますラブ…。

 

いつだったか

「どういうタイプがすき?」と聞かれて

「三國連太郎!」と答えると

「男性の趣味は相当良いと思うけど…現実として、普通にそういう人いなくない?」と言われました、このまえ。

 

いや、そしたら佐藤浩市さんでもいいんですけど…。(真顔)

 

言うだけはゆるしてえ。

 

ちなみに緒方直人さんも来ておられました。緒方さんも素敵だった!

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来ちゃった・・・。

さっきまで、家族で弟の誕生日を祝いながら夕飯食べてました。

ひとしきり団欒も済み、居間の方へ行こうとしたその時…

「あぁぁっっ! 知らない猫!!!」

誰もいない居間に、細身の黒い猫がいつの間にかひっそり入り込み、こちらを伺っていたのです。(我が家の居間には、みーた用の出入り口がつくられているのさ)

猫一匹がようやく通れるほどの小さな穴なのですが、「いつかノラ猫たちにもこの出入り口はかぎつけられる」と用心してはいました。しかし、やはり猫!おのれ、いけしゃあしゃあとよそ様宅へ~~!

 

ほとんど無意識に「こらぁ~!」と走って追いかけたら、気弱そうにぴぅ~~っと逃げて出て行きました。

そしてその後、私は気づいた。

あの黒猫、みーたの彼女じゃん!

 

そういえば、つい数日前までかなり積極的に夜な夜な外出していたみーた。

それが最近ではめっきり引きこもって。←寒くなったから

会いたさ募って彼女の方から来ちゃった…ってわけですかね。

押して引く戦法かよ、おい。

 

ちなみにその黒猫、近所のボス猫の彼女だったんですよね。

あんなに血まみれになりながら横取りがんばってたのに…。

本人は寝てました。父に毛づくろいされながら。

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恋するチカラ。

自転車をこぎながら考えたこと。

「恋することと、愛することって、根本的に違うよなぁ…」

 

たとえば恋。

対象が人であれ、遊びであれ、仕事であれ、その相手に恋している時っていうのはつまり“没頭している”状態かな~と思うのです。

どっちかっていうと自己中心的に相手を思い、自分の気持ちを満たす。あこがれと独占欲、相手のことをもっと知りたい、自分がどこまで近付けるのか求めたい、うれしい、たのしい、そして時々かなしく切ない。

一方、愛。

恋と違うところは、愛はやはり“注ぐもの”かなぁと。

これは、人間関係でいうとよく恋人同士よりも親子とか師弟間などに使われることも多いわけで、なんというか…きちんとした自分があってこそ「愛」という名のもとにいろんな対象と向き合うことができるのかなぁと思うのです。

たぶん、対象の好ましい部分に対しては「守りたい」という慈しみを。好まざる部分に対しては「理解し合う」という厳しさを、そして「あきらめ」という優しさを。注ぐのかなと。

 

個人的には「恋している状態」ってとても好きです。恋してるときのチカラって「どこまで行くの!」とツッコミ入れたくなるくらい無謀で強くて無限大、そして怖いもの知らず。創造力も想像力も豊かになっていくし。

しかし32歳になって思うわけです。

せっかく恋した対象と永く永く向き合っていきたい。と願うならば、ちゃんと愛を注げる人間にならなければなぁ と。

 

でも愛の悟りで恋のチカラをしぼませたくないものですよ。

というわけで、目指すところは「恋と愛の霜降り」状態! 程よいサシが決め手でしょうね。

恋して愛せよ、人・モノ・仕事!

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